導入文
本記事では、テレビCM接触の数理モデリング(リーチカーブの構成)という具体的な題材を通じて、抽象的で”雲を掴むような”感覚になりがちな測度論的確率論や数理統計学の各種概念・ツールを、
- 相互の関連性という大きな全体像を見失わないようにしつつ、
- “手触りや感触”を確かに実感できるように
解説していきます。本記事の主な対象は、確率論や統計学をある程度学んできた中級の方々です。ただし、抽象概念を具体例から掴みたい初学者にも部分的には読めるようにしてあります。
なお、本記事は、森下光之助『ビジネス課題を解決する技術 数理モデルの力を引き出す3ステップフレームワーク』(技術評論社,2025年) の2章『マーケティングにデータサイエンスを導入する』、その中でも特に、p70-75を直接の出発点として執筆しています。
同書をすでに読んだことがある、または、手元にある方の方が、本記事の内容はより分かりやすくなるかと思いますが、そうでなくても内容は追えるようになっています。
テレビCM接触モデルに関する最低限の前提知識
冒頭でも触れた通り、本記事の目的は、測度論的確率論や数理統計学の各種概念を、その相互の関連性という全体像を捉えながら、かつ、個々の概念をより解像度高く理解できるようにすることにあり、その具体的な題材として、テレビCM接触モデルを用いています。
ここでは、これ以降の本題をよりスムーズに理解できるように、テレビCM接触の数理モデリングにおいて用いる2つの指標
- グロスリーチ
- ユニークリーチ
について簡単な補足説明をします。
グロスリーチとユニークリーチ
CM出稿側(広告主)はテレビ局を通じてCMを出稿します。出稿した後重要なのは、出稿したそのCMが、ターゲットにしている各視聴者に『どの程度行き届いているか』です。この『ターゲット視聴者のCM接触の程度』を定量的に把握するわけですが、その際に用いられる主要な指標が
- グロスリーチ
- ユニークリーチ
の2つです。具体例で説明していきます。今、人口がたったの10人の小さな地域があるとし、この地域の住人である各10人の苗字は、田中、小林、鈴木、山本、佐野、野田、山田、佐藤、今井、森田としましょう。
この地域に、ある一定期間テレビCMを放送し、CM放送期間終了後に、各10人について以下のCM接触回数データが得られたとします。
以上をもとに、まず、グロスリーチとは、対象視聴者数(ここでは10人)に対する合計接触回数の比、つまり、(1人あたりの)平均接触回数です。今回の例で計算すれば、
$$\frac{1 + 0 + 3 + 1 + 0 + 1 + 2 + 2 + 0 + 1}{10} = 1.1 (\text{回/人})$$
となり、その単位は、(回/人)です。
次に、ユニークリーチとは、対象視聴者数に対する、少なくとも1回以上接触した人の比です。今回の例では、小林、佐野、今井が一度も接触していないことを踏まえれば、10人中7人がCMに少なくとも1回接触しました。したがって、対象視聴者数10人に対する比率であるユニークリーチは
$$\frac{7}{10} = 0.7$$
です。ここで、グロスリーチと異なり、ユニークリーチには単位が無い(無単位)ことに注意しましょう。分子が分母の一部を数えたものなので、ユニークリーチは必ず0以上1以下を取り、この意味で、単なる比ではなく、割合と言えます。
以上が、テレビCM接触の数理モデリングに関する最低限の背景知識です。以降では、グロスリーチを\(g\)、ユニークリーチを\(r\)で表すことにし、グロスリーチ\(g\)からユニークリーチ\(r\)への関係性を
$$r = r(g)$$
として、どのように数理モデリングしていくか、また、その過程で、測度論的確率論や数理統計学の諸概念・ツールがどのように活用されるのかを考察していきます。
『ビジネス課題を解決する技術』からの接続
本記事の直接的な出発点となった『ビジネス課題を解決する技術』からの接続にも軽く触れておきます。同書の該当箇所(後述)との対応関係を確認したい方向けの補足です。
同書2章p54-57では、KPIである売上をロジックツリーを用いて要素分解して、最終的に以下のような最適化問題として定式化が完了しました。
\begin{equation}
\max_{g} \bar{s}qnr(g) \quad \text{s.t.}\; 100 cg \leq b,\; g \geq 0
\label{eq:optimization_formulation}
\end{equation}
そして、この最適化問題を解くためには、グロスリーチ\(g\)とユニークリーチ\(r\)の関係性\(r = r(g)\)を何らかの方法で定式化する必要があります。
同書では、まず、機械的に機械学習モデルや線形モデルでの形式的なフィッティングを試みますが、それでは上手く\(r(g)\)をモデリングできない。そこで、アプローチを根本的に改め、『そもそも\(g\)や\(r\)はどのように生成されるのか』というデータ生成過程(Data Generating Process/DGP)に目を向けるのでした。そして、同書2章p70-72での数理モデリングに繋がっていくわけです。
これを踏まえると、本記事の以下の本題は、この同書2章p70-72の数理モデリングの測度論的確率論による再解釈でもあります。
\(\Omega\)上での確率モデリング: 計測・集計から因果構造へ
まず大前提として、\(g\)や\(r\)は集計量です。この集計量の背後には、その集計量の算出の元となった個々のデータ、今回のケースでは、『ある地域の各視聴者の当該テレビCMの接触回数』というデータが存在します。
以下では、まず、各視聴者の当該テレビCMの接触回数から集計量である\(g\)や\(r\)を再構成することを試みます。
計測・集計モデル
まず、『ある地域の全テレビ視聴者』を集合\(\Omega\)として定めます。つまり、
$$\Omega = \{\omega \mid \omega \text{はある地域の全テレビ視聴者}\}$$
です。推測統計の言葉で言えば、\(\Omega\)は母集団に相当します。このとき、\(\omega \in \Omega\)は、この母集団に属する、1人の各視聴者を表します。また、ある地域の全テレビ視聴者は有限だから\(\Omega\)は有限母集団(有限集合)でもあります。
この上で、各視聴者\(\omega \in \Omega\)に対し、ある固定された調査期間における本人の当該テレビCMへの接触回数を対応づける属性写像\(X\)
\begin{equation}
X:\Omega \to \mathbb{N}_0; \omega \mapsto X(\omega)
\label{eq:attribute_map}
\end{equation}
を導入しましょう。
以上まずここまでで、集計量\(g\)や\(r\)の背後に、各視聴者の接触回数という個人レベルの属性写像\(X\)が存在することを明示しました。ここでの留意点としては、まだこの段階では、\(g\)と\(r\)は同一の接触回数データから構成される二つの集計量であり、まだ\(r=r(g)\)という関数関係は定まっていない、ということです。
具体例
やや抽象的な議論だったので具体例で確認しましょう。なお、具体例としては、先の(\ref{sec:ex_setup})節で用いた数値例等をそのまま用います。
まず、(\ref{sec:ex_setup})の通り、ある地域の全てのテレビ視聴者がたったの10人から構成されているとしましょう。現実は、何百万、何千万という規模ですが、分かりやすさを最優先して、たったの10人という設定です。
そして、この10人の苗字は、やはり(\ref{sec:ex_setup})節の通り、田中、小林、鈴木、山本、佐野、野田、山田、佐藤、今井、森田です。このとき、この地域の全テレビ視聴者からなる集合\(\Omega\)は、
\begin{equation}
\Omega = \{\omega_\text{田中},\omega_\text{小林},\omega_\text{鈴木},\omega_\text{山本},\omega_\text{佐野},\omega_\text{野田},\omega_\text{山田},\omega_\text{佐藤},\omega_\text{今井},\omega_\text{森田}\}
\label{eq:ex_population_set}
\end{equation}
となります。このとき、各10人それぞれについて、分析者が設定したある調査期間中の当該テレビCMの接触回数を観測します。各自の観測結果として、表(\ref{tab:ex_cm_views_g11})が得られたとします。
ここで、1つ注意点があります。この表(\ref{tab:ex_cm_views_g11})の観測結果は、出稿量としてのあるグロスリーチの下での観測結果だということです。ここは背景知識がないとややこしいので、もう少し補足します。
同書2章p50では、CM出稿側は、テレビ局とCM放送回数を契約するのではなく、目標グロスリーチベースで契約すると説明されています。だからこそ、『出稿量としての』グロスリーチという言い回しを用いました。さらなる詳細は、同書を参照してください。
本題に戻ります。このことを踏まえると、本例では、グロスリーチ\(1.1(\text{回/人})\)、つまり\(110\%\)の下での観測結果という設定です。つまり、CM出稿サイドは、「グロスリーチ\(g=1.1\)分のCMを出稿する」という契約のもとでテレビCMを出稿し、その結果として、(\ref{tab:ex_cm_views_g11})の観測結果が得られた、ということです。
ともあれ、表(\ref{tab:ex_cm_views_g11})として観測された各自の当該CMの接触回数を数学的に表現したい。このニーズに応える数学的ツールが『写像』です。
写像とは、ある集合(始域)の要素から別の集合(終域)の要素への対応付け、として説明されますが、今回の例で言えば、全10人から成るある地域の全テレビ視聴者の集合\(\Omega\)から、各自の当該CM接触回数を表す集合、つまり、\(0\)以上の自然数集合
$$\mathbb{N}_0 = \{0, 1, 2, 3,\cdots\}$$
への対応付けです。そして、この対応付けとして定式化したのが\eqref{eq:attribute_map}の属性写像\(X:\Omega \to \mathbb{N}_0\)というわけです。例えば、田中さんに関しては、当該CMに1回接触したので、\(X(\omega_\text{田中})=1\)という具合に表せます。
因果的・反実仮想的な構造の導入
\(r\)を\(g\)の関数として捉えるためには、グロスリーチ水準\(g\)を変えたときに、各視聴者の接触回数がどのように変わるかを表す構造を置く必要があります。なお、この\(g\)は、出稿量そのものに対応し、意思決定者が操作可能な政策パラメータでもあります。
そこで、\(g \in \mathbb{R}_{\ge 0}\)によって添字付けられた属性写像の族
\begin{equation}
(X_g)_{g\in\mathbb{R}_{\ge 0}}
\label{eq:attribute_map_family}
\end{equation}
を導入しましょう。これより、\eqref{eq:attribute_map}は
$$X_g:\Omega \to \mathbb{N}_0,\; \omega \mapsto X_g(\omega)$$
と表されます。ここで\(X_g(\omega)\)は、『グロスリーチ水準\(g\)の下での』視聴者\(\omega\)が当該テレビCMに接触する回数を表します。
\(X_g\)と、\(X\)に添え字\(g\)をつけることは、単なる形式上のお飾りではないことに注意してください。それどころか、これは、異なるグロスリーチ水準\(g\)の下で同じ視聴者\(\omega\)がどのような接触回数を持つかを表すという意味で、異なる\(g\)ごとの同一視聴者\(\omega\)の潜在的な接触回数シナリオの導入を意味するわけです。したがって、
$$g \mapsto X_g$$
は、観測された一つの世界での値を記述するだけではなく、\(g\)を変えた場合の接触回数生成過程を表す、介入的な構造仮定なのです。
さらに、ある\(g\)の下で個体\(\omega\)の接触回数\(X_g(\omega)\)が観測されたとしても、別の\(g’ \neq g\)の下での当人の接触回数\(X_{g’}(\omega)\)は同時には観測できません。この意味で、族としての属性写像\((X_g)_{g\in\mathbb{R}_{\ge 0}}\)の導入は、反実仮想的な構造を導入することも含意します。
そして、このような介入的・反実仮想的な構造こそが、\eqref{eq:optimization_formulation}の最適化問題\(\max_g\)を、単なる形式的な最大化ではなく、意思決定問題として意味あるものにします。\(g\)を動かして比較するという操作は、実現しなかった\(g\)の下での結果を考えることに他ならないからです。
具体例
今回の調査期間中に、仮に、出稿量としてのグロスリーチを\(g=1.1\)ではなく、\(g=2.0\)にしていた、という仮想的な状況を想定しましょう。すると、もし仮に\(g=2.0\)にしていたら、各10人それぞれの当該CM接触回数が、表(\ref{tab:ex_cm_views_g11})から変わりうる、と仮定するのは至って自然です。例えば、以下のような具合です。
これは、出稿量としてのグロスリーチ\(g\)が、各10人の視聴者\(\omega_i\;(i \in \{\text{田中},\text{小林},\cdots,\text{森田}\})\)のCM接触回数を規定する・影響しうるという『因果構造』を想定・仮定することを意味します。そして、この因果構造は、\eqref{eq:attribute_map_family}の通り、属性写像\(X\)をグロスリーチ\(g\)で添字づけた族\((X_g)_{g\in\mathbb{R}_{\ge 0}}\)を導入することで数学的に表現できます。
具体的に、田中さん(\(\omega_\text{田中}\))で言えば、\(g=1.1\)のときは、\(X_{g=1.1}\)は、
$$\omega_{\text{田中}} \mapsto X_{g=1.1}(\omega_\text{田中})=1$$
という対応付けをし、他方、\(g=2.0\)では、\(X_{g=2.0}\)は
$$\omega_{\text{田中}} \mapsto X_{g=2.0}(\omega_\text{田中})=3$$
という対応付けをするという具合です。
さらには、同一の調査期間において、現実に実現できる介入水準である出稿量としてのグロスリーチ\(g\)はただ1つだけです。すなわち、表(\ref{tab:ex_cm_views_comparison})で言えば、\(g=1.1\)として出稿している設定なので、実際に観測できるのは、2列目『\(g=1.1\)のときの当該CM接触回数\(X_{g=1.1}\)』だけです。
裏を返せば、3列目『\(g=2.0\)のときの当該CM接触回数\(X_{g=2.0}\)』は本来ならば直接的に観測することはできません。すなわち、因果構造を反映した族としての属性写像\((X_g)_{g\in\mathbb{R}_{\ge 0}}\)を定めるというのは
- 潜在的な接触回数シナリオ
- 反実仮想的な構造
の導入を含意する、ということです。だから、表\ref{tab:ex_cm_views_comparison}の3列目の値を、データから推定などをして得られたと勘違いしてはいけません。そうでなく、この3列目の値は、ただ単に、\(X_{g=2.0}\)という直接観測できない潜在的な反実仮想写像と潜在的なCM接触回数\(X_{g=2.0}(\omega_i)\)について、これが理論上・概念上定まる・存在するとはどういうことかを例示するために、配置したにすぎません。
母集団を確率空間の枠組みで捉える
ある地域の全テレビ視聴者の集合としての母集団\(\Omega\)を確率空間の枠組みで捉え、確率論の土俵に乗せていきます。
まず、有限母集団\(\Omega\)を標本空間とみなします。このとき、有限母集団のサイズとして、
\begin{equation}
|\Omega| \equiv N
\label{eq:omega_size}
\end{equation}
とします。つまり、この地域の全テレビ視聴者の人数を\(N\)人と仮定します。さらに、事象族\(\mathcal{F}\)を
\begin{equation}
\mathcal{F} \equiv 2^\Omega
\label{eq:event_family_definition}
\end{equation}
で定めれば、\(\mathcal{F}\)は\(\sigma\)加法族になるので、\((\Omega, \mathcal{F})\)は可測空間となります。
以上をもとに、この可測空間に確率測度\(P:\mathcal{F}\to [0,1]\)を
\begin{equation}
P(A) \equiv \frac{|A|}{N}
\qquad (A\in\mathcal{F})
\label{eq:definition_probability_measure}
\end{equation}
として導入します。この\(P\)の解釈としては、1人の視聴者\(\omega\)からなる一点集合\(\{\omega\}\)に対する確率
\begin{equation}
P(\{\omega\}) = \frac{|\{\omega\}|}{N} = \frac{1}{N}
\label{eq:simple_random_sampling_measure}
\end{equation}
を考えると鮮明です。すなわち、\(P\)は、この地域の全テレビ視聴者からなる集合としての母集団\(\Omega\)を構成する1人1人の各個人\(\omega\)に\(1/N\)という等しい重みを割り当てています。
ちなみに、これを、標本抽出という観点、つまり、全\(N\)人から成る母集団\(\Omega\)からランダムに1人を選び出すという観点で解釈すると、『単純無作為抽出』になります。
ともあれ以上より、標本空間を\(\Omega\)とする確率空間
$$(\Omega, \mathcal{F}, P)$$
が構成でき、ある地域の全テレビ視聴者の集合\(\Omega\)を、この後の理論展開の土台となる確率空間\((\Omega, \mathcal{F}, P)\)のフレームに乗せることができました。
具体例
全10人から成るある地域の全テレビ視聴者の集合\(\Omega\)を標本空間として再解釈します。\eqref{eq:ex_population_set}の通り、標本空間\(\Omega\)は全10人から構成されるので、
\begin{equation}
|\Omega| = 10
\label{eq:ex_omega_size}
\end{equation}
となります。次に、事象族\(\mathcal{F}\)を構成します。\(\mathcal{F}\)としては、\(\Omega\)の冪集合\(2^{\Omega}\)を採用しますが、\(2^{\Omega}\)は\(\Omega\)の全ての部分集合からなる集合なので、\eqref{eq:ex_omega_size}を踏まえると、
$$|\mathcal{F}| = |2^{\Omega}| = 2^{10} = 1024$$
となり、とてもその全てを書き下すことは現実的ではありません。なので、そのほんの一部を示すとすれば、
$$\{\omega_{\text{田中}}\},\{\omega_{\text{小林}}\},\{\omega_{\text{田中}},\omega_{\text{鈴木}}\}$$
が\(\mathcal{F}\)を構成する元となります。そして、この\(\mathcal{F}\)は\(\sigma\)加法族の条件を満たすので、\((\Omega, \mathcal{F})\)は可測空間です。
この可測空間に、\eqref{eq:definition_probability_measure}の通り定義した確率測度を
$$P(A) \equiv \frac{|A|}{10} \quad (A \in \mathcal{F})$$
として入れます。例えば、\(\{\omega_{\text{小林}},\omega_{\text{鈴木}}\} \in \mathcal{F}\)に対しては、
$$P(\{\omega_{\text{小林}},\omega_{\text{鈴木}}\}) = \frac{|\{\omega_{\text{小林}},\omega_{\text{鈴木}}\}|}{10} = \frac{2}{10} = \frac{1}{5}$$
という具合です。以上で、確率空間\((\Omega,\mathcal{F},P)\)が構成できました。
属性写像としての確率変数
このとき、任意の\(A \subseteq \mathbb{N}_0\)に対して、
$$X_{g}^{-1}[A] = \{\omega \in \Omega \mid X_{g}(\omega) \in A\}$$
は、\(\Omega\)の部分集合の一つなので、
$$X_{g}^{-1}[A] \in \mathcal{F}$$
です。つまり、\(X_g\)は可測(関数)です。ここで、\eqref{eq:event_family_definition}の通り、\(\mathcal{F}\equiv 2^\Omega\)と定めたのが効いてきます。\(\mathcal{F}\)は\(\Omega\)のあらゆる部分集合を含むため、\(X_g^{-1}[A](\subseteq \Omega)\)が何であれ\(\mathcal{F}\)に属するわけです。
したがって、属性写像\(X_{g}:\Omega \to \mathbb{N}_0\)は確率変数となります。なお、\(X_{g}^{-1}[A]\)の実務的解釈としては、例えば、\(A=\{1,2\}\)としたならば、当該テレビCMに1回、または2回接触した人だけを集めた集合で、これは、当該地域の全テレビ視聴者からなる母集団(標本空間)\(\Omega\)の部分集合です。
確率変数の期待値とグロスリーチの関係
このとき、確率変数\(X_g\)の、確率測度\(P\)に関する期待値\(E_P[X_g]\)を定義通り書き下せば、
\begin{equation}
E_P[X_g] = \int_\Omega X_g(\omega) dP(\omega)
\label{eq:expectation_def}
\end{equation}
ですが、今回のケースでは、まず\eqref{eq:omega_size}の通り、有限母集団サイズは\(N\)で、また、\eqref{eq:simple_random_sampling_measure}の通り、確率測度\(P\)が1点集合\(\{\omega\}\)を\(1/N\)と等しく重み付けしていることを踏まえると、\eqref{eq:expectation_def}は、
\begin{equation}
\begin{split}
E_P[X_g] &= \sum_{\omega \in \Omega} X_g(\omega)\frac{1}{N} \\
&= \frac{1}{N} \sum_{\omega \in \Omega} X_g(\omega)
\end{split}
\label{eq:expectation_on_omega}
\end{equation}
となります。これは、『母集団\(\Omega\)における各視聴者\(\omega\)(1人あたり)の平均接触回数』を表していて、その単位は(回/人)です。要するに、グロスリーチ\(g\)そのものです。すなわち、
$$E_P[X_g] = g$$
です。
\(\mathbb{N}_0\)上への移行: 分布の誘導と確率空間の再構築
母集団分布の構成
一方で、確率変数\(X_g:\Omega \to \mathbb{N}_0\)から\(X_g\)の分布
\begin{equation}
P_{X_g}:2^{\mathbb{N}_0} \to [0,1];\; P_{X_g}(A) \equiv P(X_{g}^{-1}[A])\quad (A \in 2^{\mathbb{N}_0})
\label{eq:pop_dist}
\end{equation}
が誘導できます。より具体的には、母集団\(\Omega\)がサイズ\(N\)の有限母集団であること、ならびに、\(x\)を当該テレビCMの、任意の接触回数とすることで、分布\(P_{X_g}\)は、
\begin{align*}
P_{X_g}(\{x\}) &= P(X_g^{-1}[\{x\}]) \\
&= P(\{\omega \in \Omega \mid X_g(\omega) \in \{x\}\}) \\
&= P(\{\omega \in \Omega \mid X_g(\omega) = x\}) \\
&= \frac{|\{\omega \in \Omega \mid X_g(\omega) = x\}|}{N}
\end{align*}
と表せます。これは、有限母集団\(\Omega\)での、当該テレビCMに\(x\)回接触した視聴者\(\omega\)の割合です。つまり、このケースにおいては、確率変数\(X_g\)の分布\(P_{X_g}\)とは、母集団におけるCM接触回数\(x\)をとる各視聴者\(\omega\)の構成比率(割合/相対度数)ということです。
以降では、\(P_{X_g}\)が母集団\(\Omega\)の分布(つまり、母集団分布)であることを強調するために、\(P_{X_g}\)を\(P_{X_g}^{\text{pop}}\)と表記することにします。
\(\mathbb{N}_0\)上での確率空間の再構築
ところで、\((\mathbb{N}_0, 2^{\mathbb{N}_0})\)は可測空間で、分布\(P_{X_g}^{\text{pop}}\)も確率測度の条件を満たします。従って、
\begin{equation}
(\mathbb{N}_0, 2^{\mathbb{N}_0},P_{X_g}^{\text{pop}})
\label{eq:value_probability_space_pop}
\end{equation}
は確率空間となります。ただし、この確率空間における確率変数は、もはや\(X_g\)ではなく、恒等写像
\begin{equation}
\mathrm{id}:\mathbb{N}_0 \to \mathbb{N}_0;\; \mathrm{id}(x)=x
\label{eq:identity_random_variable}
\end{equation}
が担います。この下で、確率変数\(\mathrm{id}\)の、確率測度\(P_{X_g}^{\text{pop}}\)に関する期待値は
\begin{align*}
E_{P_{X_g}^{\text{pop}}}[\mathrm{id}] &= \int_{\mathbb{N}_0} x\, d P_{X_g}^{\text{pop}}(x) \\
&= \sum_{x=0}^{\infty} x\, P_{X_g}^{\text{pop}}(\{x\}) \\
&= \sum_{x=0}^{\infty} x\, P(X_g^{-1}[\{x\}]) \\
&= \sum_{x=0}^{\infty} x\, \frac{|\{\omega \in \Omega \mid X_g(\omega) = x\}|}{N}
\end{align*}
として定まって、当然ながら、これは\eqref{eq:expectation_on_omega}に一致します。つまり、
\begin{equation}
E_{P_{X_g}^{\text{pop}}}[\mathrm{id}] = E_P[X_g] = g
\label{eq:expectation_on_n0}
\end{equation}
ということです。
母集団分布とユニークリーチの関係
以上をもとに、\(r(g)\)を導出していきましょう。まず、1回以上のCM接触回数を表す集合\(B \subseteq \mathbb{N}_0\)を導入します。
$$B = \{1,2,3,\cdots\}$$
この\(B\)を測度\(P_{X_g}^\text{pop}\)で評価した値
$$P_{X_g}^{\text{pop}}(B)$$
は、\eqref{eq:pop_dist}より、グロスリーチ\(g\)の下で当該テレビCMに少なくとも1回以上接触した視聴者の、母集団\(\Omega\)における割合を表します。つまり、これはユニークリーチ\(r(g)\)そのものです。すなわち、\(B\)を固定された集合とみなすことで、
$$r(g) \equiv P_{X_g}^{\text{pop}}(B)$$
として、\(r(g)\)を構築できます。この\(r(g)\)の構造は、\(g \mapsto X_g\)を踏まえれば、
\begin{equation}
g \mapsto X_g \mapsto P_{X_g}^{\text{pop}}(B)
\label{eq:reach_curve_composition}
\end{equation}
という合成です。ここで、
$$P_{X_g}^{\text{pop}}(B) = 1 – P_{X_g}^{\text{pop}}(\{0\})$$
なので、
\begin{equation}
r(g) = 1 – P_{X_g}^{\text{pop}}(\{0\})
\label{eq:reach_curve_via_zero}
\end{equation}
とも表せます。
以上で、目的の\(r(g)\)を構成できました。しかし、\(r(g)\)を構成する基礎となる母集団分布\(P_{X_g}^\text{pop}\)は、これを分析者が直接把握し、アクセスすることはできません。
なぜなら、現実の母集団\(\Omega\)のサイズ\(N\)は、数百万、数千万であり、この規模の各視聴者の接触回数を全て把握するのは事実上不可能であり、従って、\(P_{X_g}^\text{pop}\)を構成することも事実上不可能だからです。さらには、実現しなかった\(g’\)に対応する\(P_{X_{g’}}^\text{pop}\)については、確定した出稿量としてのグロスリーチ\(g\)のデータから直接観測して構成することができません。
要するに、ここまでの展開で、\eqref{eq:reach_curve_via_zero}として、\(r(g)\)の構造は明らかになりましたが、その構造の中に未知の\(P_{X_g}^\text{pop}\)が残っているため、まだ\(r(g)\)を具体的に計算できません。言うまでもなく、\eqref{eq:optimization_formulation}の最適化問題を解くためにも、\(r(g)\)は計算できて初めて、実務的な価値を有します。
従って以降では、未知の母集団分布を既知の確率モデルで近似する統計モデリングへ進むことになります。
\(\mathbb{N}_0\)上での統計モデリング:モデル分布による母集団分布の近似と\(r(g)\)の定式化
ここからは、\(r(g)\)を構成する基礎となる母集団分布\(P_{X_g}^{\text{pop}}\)を何らかの既知の関数型を用いて定式化していきます。ただし、この定式化は、母集団分布が未知ゆえに、母集団分布の『忠実な再現』ではなく、『近似』という点が重要です。
このことを記号で表現すれば、
\begin{equation}
P_{X_g}^{\text{pop}} \approx P_g^{\text{model}}
\label{eq:model_dist_approx}
\end{equation}
です。すなわち、グロスリーチ水準\(g\)ごとの母集団分布\(P_{X_g}^{\text{pop}}\)を、同じく\(g\)によって添字付けられたモデル分布\(P_g^{\text{model}}\)を用いて妥当に近似するということです。従って以降では、このモデル分布\(P_g^{\text{model}}\)を、何らかの既知の関数型で定式化していくことになります。
パラメトリック分布族としてのモデル分布
まず、\eqref{eq:reach_curve_composition}で示した母集団分布の構造を反映して、\eqref{eq:model_dist_approx}としてモデル分布\(P_g^{\text{model}}\)はグロスリーチ水準\(g\)で添字づけられています。この構造を明示すれば、モデル分布はパラメトリック分布族
\begin{equation}
(P_g^{\text{model}})_{g \in \mathbb{R}_{\geq 0}};\; g \mapsto P_g^{\text{model}}
\label{eq:parametric_family}
\end{equation}
として採用されることになります。
測度としてのモデル分布とモデル分布を特徴づける関数
次に、モデル分布\(P_g^{\text{model}}\)を測度として構成します。それには、\(P_{X_g}^{\text{pop}}\)を測度とする\eqref{eq:value_probability_space_pop}の確率空間\((\mathbb{N}_0, 2^{\mathbb{N}_0},P_{X_g}^{\text{pop}})\)を踏まえて、\(P_g^{\text{model}}\)を可測空間\((\mathbb{N}_0, 2^{\mathbb{N}_0})\)上の確率測度として定めます。これにより、
\begin{equation}
(\mathbb{N}_0, 2^{\mathbb{N}_0},P_g^{\text{model}})
\label{eq:probability_space_model}
\end{equation}
として確率空間が定まります。なお、この確率空間の確率変数も、\eqref{eq:identity_random_variable}と同様に、\(\mathbb{N}_0\)上の恒等写像\(\mathrm{id}\)です。
その上で、\eqref{eq:probability_space_model}において、\(\mathbb{N}_0\)の部分集合としての1点集合\(\{x\}\)は可測
$$\{x\} \in 2^{\mathbb{N}_0}$$
なので、測度としてのモデル分布\(P_g^{\text{model}}\)は、この1点集合\(\{x\}\)を、その入力として受け取れます。つまり、
$$P_g^{\text{model}}(\{x\})$$
が定まります。ここから、モデル分布\(P_g^{\text{model}}\)は、確率質量関数
\begin{equation}
p_g^{\text{model}}:\mathbb{N}_0 \to [0,1];\quad p_g^{\text{model}} (x)\equiv P_g^{\text{model}}(\{x\})
\label{eq:model_pmf}
\end{equation}
によって特徴付けることができます。
ポアソン分布族による\(r(g)\)の定式化
最後に、\eqref{eq:expectation_on_n0}の通り、母集団分布側での条件\(E_{P_{X_g}^{\text{pop}}}[\mathrm{id}] = g\)をモデル分布\(P_g^{\text{model}}\)に反映させると、
\begin{equation}
E_{P_g^{\text{model}}}[\mathrm{id}] = g
\label{eq:model_expectation_condition}
\end{equation}
が要請されます。以上、\eqref{eq:parametric_family},\eqref{eq:model_pmf},\eqref{eq:model_expectation_condition}より、これらの条件を満たす最も単純な候補として、まずポアソン分布族を採用します。すなわち、
$$p_g^{\text{model}}(x) \equiv \frac{g^x e^{-g}}{x!}$$
です。したがって、\eqref{eq:reach_curve_via_zero}として定まった\(r(g)\)は、
\begin{align*}
r(g)
&= 1 – P_{X_g}^{\text{pop}}(\{0\}) \\
&\approx 1 – P_g^{\text{model}}(\{0\}) \\
&= 1 – p_g^{\text{model}}(0) \\
&= 1 – e^{-g}
\end{align*}
として近似を用いつつ定式化されます。
参考文献
ここでは、本記事の執筆の際に参照した書籍を列挙します。なお、各書籍には、Amazon アフィリエイトを利用しています。本サイトの収益化ポリシーは、[サイトのOverview固定ページリンク]を参照してください。
- 森下光之助『ビジネス課題を解決する技術 数理モデルの力を引き出す3ステップフレームワーク』(技術評論社,2025年)
- 田中久稔『計量経済学のための数学』(日本評論社,2019年)
- 嘉田勝『論理と集合から始める数学の基礎』(日本評論社,2008年)
(1)は、冒頭でも触れた通り、本記事の直接の出発点となった書籍です。(2)は、本記事内で用いた測度論的確率論の各種概念の定義の整合性チェックとして主に利用しました。また、本記事では、集合・写像関連の概念・記号を用いましたが、その使用・選定は(3)に従っています。
最後に、本記事は、上記3冊に加えて、生成AI (ChatGPT / Claude)との壁打ち議論に基づいて作成していることも付け加えておきます。コンテンツ作成方針の詳細は、[サイトのOverview固定ページリンク]を参照してください。
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